争いが絶えず、先行きも不透明な時代。
そんな時代をどうやって生きていけばいいのか、悩む人も多いでしょう。
個人としてどう生きるべきか、会社などの組織をどう運営していけばいいのかで、ヒントをくれるのが、水の生き方です。
争いや不確実な未来を乗り越える、水の生き方とは、どんなものなのでしょうか。
【目次】
老子の教え
水の示す理想の生き方を説いたものは、老子が一番有名です。
老子には、戦乱の世の中を、いかにしぶとく生きていくのかが説かれていると言われています。
その中でも、次の一節は「上善如水」として知られる、有名な部分です。
最上の善なるあり方は水のようなものだ。水は、あらゆるものに恵みを与えながら、争うことが無く、誰もがみな厭(いや)だと思う低いところに落ち着く。だから道に近いのだ。
身の置きどころは低いところがよく、心の持ち方は静かで深いのがよく、人との付き合い方は思いやりを持つのがよく、言葉は信(まこと)であるのがよく、政治はよく治まるのがよく、ものごとは成りゆきに任さるのがよく、行動は時宜にかなっているのがよい。
そもそも争わないから、だから尤(とが)められることもない。
岩波文庫、老子、第八章
一言で言い表すならば、「人と争うのはやめて、謙虚でいなさい」ということでしょうか。
人と争っていると、相手に勝とうとして無理をしてしまったり、相手を蹴り落として上に行くと、相手から恨みや嫉妬をかったりするんですよね。
勝負に勝つためには、多少のハッタリもかまさないといけないということもあるかもしれませんが、そんなことをしていると、嘘はいつかバレるものです。(大企業の品質不正みたいなものです。)
そうなれば、信用も無くして、痛い目にあいますよね。
また、水は相手に恵みをもたらす存在です。
人から何かを奪う生き方よりも、人に何かを与える生き方の方が尊いということなんですね。
孫子の兵法と水
老子では、他人と争わない生き方が説かれていました。
それに対して、世界最古の兵法書といわれる孫子では、最高の戦い方の例えに、水が用いられている個所があります。
その水に関係のある部分を紹介します。(いずれも『実践!「孫子の兵法」を生かす本』、二見道夫著、三笠書房より引用)
水が示す弱者の戦法
水の形は高きを避けて下(ひく)きに趨(おもむ)く。兵の形は実を避けて虚を撃つ。
現代語訳)水は必ず高地を避けて低地へと流れる。この水の動きにならい、わが軍より強大な敵と真っ向から対決するのは避けよ。そして、戦闘の常識の裏をかく戦略で攻めよ。
弱者が強者に勝つ方法を説いた一文です。
とりわけ「実を避けて虚を撃つ」の部分は、有名です。
自分よりも強い相手に、真っ向勝負を挑んでいたのでは勝てないということを示しています。
相手の強いところで勝負するよりも、差別化をして勝てということなんですね。
水のような柔軟性と、流れ落ちる水のような勢いが大事
勝者の民を戦わしむるや、積水を千仞(じん)の谿(たに)に決するがごときは、形なり。
現代語訳)戦いに勝つためには、満々とたたえた水を一気に谷底に落とすような勢いを作りだして組織の人間を戦わせることが肝心だ。勢いと柔軟性を併せ持つ体質(組織)こそ重要このうえもない戦勝の秘訣だ。
勝つための組織には、勢いと柔軟性が大事だということを述べた一文です。
職場にどんよりとした雰囲気が漂っていて、みんな元気がなかったり、組織が硬直化していて柔軟性が無かったりではダメだということなんですね。
水のように環境に応じて、すばやく変化しなければならない
兵は敵に因りて勝ちを制す。故に、兵に常勢なく、水に常形なし。
現代語訳)水が変転極まりない地形を利用して流れや激しさを調整するように、戦いに勝つには敵勢を逆に利用することが肝心だ。兵団の運用も、敵の情勢や天候地形など、環境条件によって変幻自在に対応を変えねばならぬ。水の性質を見よ。水は方円の器に従う。器が四角から三角や丸いものに変われば、水も同じ形に順応して変わるではないか。
時代の変化に応じて、自らも素早く変わっていくことの必要性を説いた一文です。
よく、ゆでガエル型の企業が危ない、などと言われます。
カエルを、水を入れた鍋の中に入れて、ゆっくり加熱していくと、カエルは水の中が居心地がいいので、出ようとしません。
それでもさらに、ゆっくり加熱を続けていくと、カエルは外に飛び出すタイミングを見失って、ゆで上がってしまい、死んでしまうんですよね。
変化することを拒否して、いつまでも同じ状態でいようとすると、やがて環境の変化によって淘汰されてしまうという、厳しい指摘です。
激しい水のような勢いは、勝負を決する大事な要素
激水の疾くして石を漂わすに至るものは勢なり。
現代語訳)満々とたたえた水の堰を切って、一気に流した激流は石さえも押し流すほどの力を発揮するが、これこそ“勢い”というものである。
勝負の要諦を述べた一文ですが、ここでも勢いが大事だということが書かれてあります。
組織全体に勢いがあることが大事で、熱血上司が一人で燃え上がるだけではダメなんだぞ、ということでしょう。
水は、少ない量では強くはありませんが、大雨でたくさんの量が集まって、それに勢いがつくと、大きな岩でも押し流してしまいます。
それと同じで、組織でも一人の力は弱くても、みんなで団結して勢いがつけば、どんな困難でも突破する力が生まれるということなんですね。
水五訓
中国の古典である老子と孫子について紹介しましたが、日本においても水に関わる人生訓があります。
水五訓と呼ばれるもので、京都府の貴船神社と福井県の永平寺に伝えられています。
作者は不詳ですが、安土桃山時代の武将の黒田如水ではないかと言われています。(表現の一部に明治時代になってから使われるようになった言葉もあるので、これが書かれたのは明治以降ではとの説もあり。)
貴船神社は鴨川の水源に位置し、水の神様を祀る神社で、写真は、貴船神社の神水の近くに掲げられているものです。(ちなみに、今は新しいものに付け替えられています。)
一、自ら活動して他を働かしむるは水なり
二、常に自ら進路を求めて止まざるは水なり
三、自ら清くして他の汚水を洗い清濁併(あわ)せ容(い)るるの量あるは水なり
四、障害に逢い激しくその勢力を百倍するは水なり
五、洋々として大洋を充たし、発して蒸気となり雲となり雪と変し霰(あられ)と化し、凝(こご)っては玲瓏(れいろう)たる鏡となる、而(しか)もその性を失わざるは水なり
貴船神社には、水占みくじという珍しいおみくじがあって、何も書かれていないおみくじを神水に浮かべると、吉凶が浮かび上がってくるようになっています。
水五訓の立て札は、そんな水占みくじの神水の近くに立っているわけですから、たくさんの人の指針になっているのでしょう。
なぜ水の生き方が最高なのかを、水の性質から考える
兵法や人生訓の中で取り上げられる水ですが、ではなぜ、最高の生き方が水に例えられるのでしょうか。
それは、水の持つ性質が、最高の生き方と一致するからではないでしょうか。
そんな水の持つ性質を、7つにまとめてみました。
①柔軟で、どんな器にもおさまる
②環境に応じて姿、形を変える
③同じところにとどまらず、流動的
④柔らかでありながら、岩をも動かす力がある
この4つは、孫子や水五訓でも述べられている通りで、水には柔軟性や勢いがあります。
先行きが不透明で、変化の激しい時代にあっては、絶えず自ら動き、周囲に合わせて柔軟に自らを変えていくということが大事だということでしょう。
⑤謙虚さがある
⑥全てを包み込む、包容力がある
この2つは、老子で述べられていることです。
水は火のように、他から何かを奪ったり、暑苦しくなったりといったことがありません。
どんな相手でも、優しく包み込み、恵みを与えます。
だから、人から嫌われるということもなく、自ら身を滅ぼすということもないんですね。
⑦現実的である
これは、少し陰陽道的な説明になります。
知性というものに関しては、火の知性と水の知性は、まったく逆のものです。
火は燃え上がると、空気よりも軽いので、とにかく上に行こうとします。
このことから、火は上を目指そうとするので、火の知性は、理想主義的なものなのです。
逆に、水は高いところから低いところへと流れ、地球の重力に逆らいません。
このことから、水の知性は、火の知性と違って上に行こうとしないことから、現実主義的なんです。
理想主義が悪いというわけではありませんが、水の知性は、地に足がついているという点において、浮ついたところがなく、堅実であり、無理をするというところがないんです。
そのため、無理をし過ぎて潰れてしまうということが無いんですね。
簡単に水のように生きると言っても、結構大変です。変化を嫌う人もたくさんいますし、謙虚になれない人だって、たくさんいますから。
でも、これからの時代を考えた時に、水から学べることはたくさんあります。
水のような柔軟性を身につけて、変化の激しい時代を乗り切っていきましょう。