大勢の人の前で話したり、プレゼンしたりするのが苦手だという人は多いものです。
そのような人が抱える話し方の悩みで
「人前で緊張してしまう」
「何をどのように話せがいいのか分からない」
と並んで悩みとして多いのが、
「話し方に抑揚がない」
です。とりわけ、専門的な知識や技術を扱う人のあいだで多く見かけます。
今回は、抑揚のない話し方について取り上げ、そうなってしまう原因や改善策について解説していきます。
【目次】
そもそも「抑揚」とは?
この記事の読者さんの中には、話し方に抑揚がないと指摘されたことがある人も多いのではないでしょうか。
まずは、抑揚という言葉の意味とその効果について解説していきます。
抑揚とはどんなものか
抑揚と言われても、あまり聞き慣れないという人も多いかと思います。
「抑」とは下げることを意味し、逆に「揚」とは上げることを意味します。
つまり、抑揚とは、下げたり上げたりをすることであり、話し方における抑揚とは、話す際のトーンの上げ下げのことです。
「抑揚」は、英語で言うとイントネーション(intonation)です。
英語の授業で習ったイントネーション(「疑問文は語尾を上げる」など)を思い出せば、抑揚をつけるのがどういった感じのものなのか理解できるでしょう。
抑揚の効果
わざわざ話のトーンを上げ下げしなくても、ちゃんと意味は通じます。そのため、「いちいちトーンを変える必要などあるのか」や「なんだか大袈裟な感じになってしまわないか」と感じる人もいるかもしれません。
文章においては、重要な部分を示すために、文字を大きくしたり、太字にしたり、マーカーをひくといったことができます。ところが、話す際には、これと同じことはできません。話す際において重要な部分を強調できるようにするのが、抑揚の役目なのです。
聞き手に特に伝えたい部分はトーンを上げ、あまり重要ではない部分は、トーンを下げるようにします。こうすることで聞き手は、どこが話の大事な部分なのかはすぐに分かるようになります。
聞き手としては、重要な部分がすぐに分かるようになることで脳の情報処理の負荷が減ります。そうなれば、聞いた内容も記憶として残りやすくなります。
抑揚のない話し方の問題点
多くの人にとっては、話し方に抑揚があるのが自然な状態です。そのため、話し方に抑揚がない人がいると、違和感が出てきてしまいます。
話し方に抑揚がないことで、どういった問題が出てきてしまうのかを見ていきましょう。
独特な圧がある
話している本人は気づかないことも多くありますが、抑揚のない話し方には、独特な圧があります。
そのため、話を聞いている相手としては、「なんだか怖い」と感じやすくなります。
独特な圧の正体については、具体例をあげるとわかりやすいでしょう。
身近な例としては、
・事故や災害のニュース原稿を淡々と読み上げるアナウンサー
・警察官の職務質問
・判決文を読み上げる裁判官
をイメージするとわかりやすいです。
アナウンサーが原稿を読む際には、事実を正確に伝えることが求められます。原稿を読む時に感情が入ってしまうと、事実よりも感情の方が伝わっていってしまい、事実が歪められて解釈されてしまう恐れが出てきます。そのため、どんな大事故や大災害に関する原稿であっても、起こった出来事だけを淡々と読み上げて伝えます。
人間には感情があるため、大事故や大災害が起こっているのに感情が出ないというのは不自然です。また、感情が伴わないことで、どこか他人事のような雰囲気が出てきます。
アナウンサーとはそういうのが当たり前だと知っている人がほとんどなので、特に圧は感じないという人も多いでしょう。しかし、アナウンサーではない人が、ひたすら事実を淡々と話してしまうと、人間味の無いどこか冷たい感じになってしまいやすくなります。
警察官の職務質問では、ひたすら単調に質問を繰り返されます。そうなると受け手としては、いかにも疑われているという感じが出やすくなります。
抑揚のない話し方で話しかけるというのは、相手の出方をうかがうという面もあります。そのため、ひたすら抑揚のない状態が続くというのは、相手に対する不信感が根強いことの表れでもあります。
こうしたことから、一般的な人が相手に対してずっと抑揚のない話し方を続けてしまうと、まるでずっと不信感を抱いているかのような圧を生んでしまうようになりやすくなります。
判決文を読み上げる裁判官に圧を感じてしまうというのは、誰でもすぐ理解できるのでなないでしょうか。法廷という場で判決文を淡々と読み上げると、威厳や厳格さが漂うことになります。
同じように、社会的にある程度の立場にある人が、難しい内容のことを淡々と話すと、どこか近づき難い圧を出が出やすくなってしまいます。
このように、抑揚のない話し方によって、独特な圧が生じてしまうことがあります。
なんとなくイメージをつかめたでしょうか?
抑揚のない話し方に、さらにぎこちなさが加わってしまうと、さらに不自然な状態になります。「ロボットみたい」や「宇宙人みたい」と例えられることもあるように、どこか異質な存在という印象を相手に与えやすくなります。
話のポイントが伝わりにくい
抑揚のない話し方を指摘されてしまケースとして多くあるのが、話のポイントがわかりにくいというパターンです。特に、プレゼンの練習をしている時などによくあります。
プレゼンの原稿の内容はよく整理されていてわかりやすいにも関わらず、実際のプレゼンとなると聞き手にとってわかりにくくなってしまうということがあります。
文章の場合には、わからない部分があったとしても、後から見返すことができます。ところが、プレゼンの場合だとそうはいきません。一度聞き漏らしてしまうと後でわからなかった部分を確認するのは、録音でもしておかない限り困難です。そのため、聞き手に対しては、一発でどこが重要なのかを理解してもらう必要が出てきます。
話し方の抑揚がないと、聞き手は重要な部分の判断に手間取ってしまうことになりかねません。話し方に抑揚をつけて大事な部分を強調できるようにしておかないと、「結局、何が大事だったの?」ということになってしまいます。
聞き手の興味が薄れる
いかに聞き手の興味を引きつけられるようにするのかは、話し手にとって重要なことです。話し方にあまりにも変化が無いと、聞き手はすぐに興味を失ってしまうということになりかねません。
注意を向けてずっと聞き続けてもらうためには、「なんだか面白そう!」や「もっと知りたい!」といったような聞き手の感情を引き出すことが重要になります。ひたすら単調に話すだけでは、すぐに退屈になってきてしまいます。そのため、話し方には変化を持たせるということが必要になってきます。
また、単調な刺激が続いてしまうと、人間の脳はすぐに省エネモードになることが知られています。
外部から同じ刺激ばかり来る状態でその刺激について脳で情報処理して分析してしまうと、それだけ脳は多くのエネルギーを消費することになってしまいます。そうしたエネルギーの無駄を避けるために、こうした脳の仕組みが備わっています。
ひたすら同じトーンで話されてしまうと、聞いていていなんだか眠くなってきてしまうのをイメージするとわかりやすいでしょう。
抑揚のない話し方になってしまう原因
話し方に抑揚がなくなってしまう原因としては、話し方を習得する際の問題や、脳の使い方の問題、育った環境による心理的な影響などがあります。
話し方を身につける際のインプットの問題
良いアウトプットができるようになるには、良いインプットが必要になります。
人間の脳の神経回路をまねして作られたAIも同じです。質の高いデータで学習させると、それだけ良いアウトプットをするようになります。逆に、学習データに問題があると、十分なクオリティの結果を出すということが難しくなります。
これを踏まえると、抑揚のない話し方をしてしまう原因としては、過去にそのような話し方につながってしまうような学習をしてしまっているということが考えられます。
問題なく話せる人は、子どもの時に親との会話や、テレビのドラマやバラエティー番組に出てくる役者さんやタレントさんの話し方を通して、抑揚のつけかたのパターンを学んでいきます。
これに対し、内気で物静かな子どもであれば、本やゲームばかりの状態になりがちであり、抑揚のつけかたを学ぶ機会が少なくなります。
発音を身につけるために自分で教科書の文章を声に出して読んでいると、その自分の声が耳に入ることによって話し方を学習することになります。
読みなれない文書をぎこちなく読んでいると、話す際にもぎこちなさが出るようになると考えられます。
毎回話す内容をゼロから考えている
論理的な思考は、直感的な思考に比べて脳に大きな負荷がかかります。そのため、何を話したらいいのかをゼロから考えていると、思考に多くのエネルギーを使ってしまいます。そうなってくると、抑揚をつけるところまで意識が回らないということが起こりやすくなります。
抑揚をつけて滑らかに話せる人というのは、直感的に話を組み立てることができます。直感的に判断することで、脳にあまり負荷がかかりません。
それが可能になる理由が、たくさんしゃべって経験を積んでいるからです。友達がたくさんいると、それぞれの友達に対して同じ話をすることになります。そうやって同じ話を何度もしていくうちにスラスラと言葉が出るようになり、どんどん話すのが上達していきます。
一方、話し方に抑揚のない人は、たいてい友達が少ないというケースが多いです。友達が少ないと話をする機会がそれだけ少なくなり、経験不足になりがちです。
ちょうど昔の私も、このパターンでした。話をする時にも、直感的に話したいことが浮かんでこないため、「え~と、何を話せばいいんだろう…」と悩んでしまい、内容を考えるだけで頭の中がいっぱいになりがちでした。
ASDによる影響
抑揚のない話し方になってしまう原因としてよく言われるのが、ASDによる影響です。
抑揚をつけて話すためには、感情を出すということが重要になります。ところが、ASDだと感情が表に出てくるということが少なくなります。興味の幅も狭く、特定のこと以外は無関心ということも多いため、興味がわかないから感情も出ないということがよくあります。
また、ASDの人は、完璧主義の考え方が強い傾向があります。話す内容も細かくなりがちで、話す内容を取捨選択して優先順位をつけるのが苦手です。全部大事だからと言葉の強弱をつけることなく同じトーンで話してしまい、アナウンサーに近い話し方になってしまいます。
その他にも、ASDの人は視覚優位性と呼ばれる特性があります。何かを理解する際に、言葉で説明されるよりも、写真や図、グラフといった視覚的にわかるもので示された方が理解しやすい傾向があります。「ビジュアルシンカー」とも呼ばれており、思考する際には言葉ではなく主に視覚的なイメージを使うとされています。そうしたことから、感覚的に理解していることを説明する際に、言葉にするのが苦手という特徴があります。
アダルトチルドレンによる影響
アダルトチルドレンとは、問題のある家庭環境で育ち心の傷を抱えたまま大人になった人を指します。そうした人は、過去に抱えた心の傷のせいで、うまく自己表現するのが困難になることがよくあります。
アダルトチルドレンになってしまうと、他人の顔色をうかがいやすくなり、自由に感情表現することが難しくなります。言いたいことがあってもすぐに自分の感情にフタをしてしまうため、感情を出して話に抑揚をつけるというのもやりにくくなります。
また、親から否定的なことを言われ続けた影響により、自分に自信が持てず、人前で話す時も、相手の気に障ることを言ってしまったらまずいと、話し方もぎちなくなりがちです。
改善するためのトレーニング
抑揚のない話し方は、適切なトレーニングを行うことで改善することができます。
先ほど解説した原因も踏まえながら、具体的なトレーニング方法についてご紹介します。
質の良い教材で話し方を再学習する
先ほども少し触れたように、どのように学習するかでアウトプットがどうなるのかが決まります。
そのことを考えると、ちゃんと抑揚のついた話し方を学べるような教材でもう一度話し方を学習することで、頭の中を書き換えていくというのが有効であると言えます。
話し方を参考にできそうな人や自分が気に入った人、あるいはアニメのキャラクターでもいいので、お手本となりそうなものを見つけます。今の時代には、さまざまな動画コンテンツがありますので、すぐに見つかるかと思います。何度も見直しながら、話し方を少しずつ学んでいきましょう。。
(もちろん話し方を完全コピーする必要はなく、自分の話し方に抑揚がつけられるようになればそれでOKです。)
動画だけではわかりにくいという場合には、文章で確認できるようにします。文章を見れば話の全体像を確認できるだけでなく、大事な部分に線やマーカーを引いておくことで、どのあたりで抑揚をつければいいのかということがわかりやすくなります。
自分で原稿を準備したり、自分に合った動画を見つけるのが苦手だという場合には、ナレーターを目指す人が勉強に使うような本を使ってみるというのも一つの手です。原稿のほかにサンプル音声のCDもついてきますので、どんなふうに抑揚をつければいいのかを何度も確認できます。
自分の話し方を自分で確認できるようにする
抑揚のない話し方をしてしまっている人は、普段は無自覚であることも多いものです。そのため、自分がどんな話し方をしているのかを自分で確認できるようにするということも上達のためには大事になってきます。
ボイスレコーダーなどを使って自分の声を録音すれば、自分の話し方を客観的に把握できるようになります。
「自分の話し方には、どんな癖があるのか」を知れば、何をどう直せばいいのかもわかってきます。自分の課題を特定し、それを徹底的に克服するようにしていくことで上達できます。
スマホで自分が話しているところの動画を撮影するというのも有効です。動画であれば、声だけでなく、身振りや手振り、表情も確認することができます。
ジェスチャーや表情も、抑揚をつけるためには重要になります。抑揚のない話し方になってしまう人は、無表情になりがちだったり、ジェスチャーが少ないという状態になりがちです。そのような状態になってしまっていないかを確認できるというのが、動画のメリットです。
抑揚のなさを改善しようとすると、声の上げ下げだけに意識が行きがちになりやすいものですが、声だけでなく、こういった部分にも注意するようにしましょう。
個別レッスンという手も
自分一人の力だけで自分の話し方を改善していくのには、限界があります。場合によっては、変なクセがついてしまい、後でまた直すのが大変になってしまうということもありえます。そこでお勧めなのが、個別レッスンです。
先生に個別に見てもらうことで、自分では気づきにくい部分も気づけるようになります。また、具体的な改善ポイントもアドバイスしてもらえるというのも魅力です。
デメリットは、マンツーマンであるがゆえにコストがかかるのと、自分に合った先生選びです。
コスト面については、それに見合うだけのものが得られるのかをじっくり考えて決めることが大事です。講演活動をしたり、社内でのプレゼンや接客の機会が多いのであれば、話し方を改善するメリットは大きいと言えます。
また、先生選びについては、自分との相性というのが特に重要になります。その先生の経歴や実績、口コミで決めてしまいがちですが、相性が良くないと、どうしても結果が出にくくなります。お試しのレッスンも活用して、自分に合ったアドバイスをしてくれる先生かどうか、慎重に見極めましょう。
メンタル面のフォロー
心理的な問題を抱えている場合には、話し方のテクニックを学ぶだけではうまくいきません。ちゃんと話せるようになるには、メンタル面のフォローも必要になってきます。
完璧主義の考えが強いと、どうしてもミスすることを恐れてしまいます。ブレーキがかかりがちになり、人前で緊張しやすくなります。ちょっとしたことで否定や批判を受ける心配がないという心理的安全性が確保された環境であることも、安心して話すためには重要になります。
こちらの伝えたいことが100%相手に確実に伝わるということは少なく、無理に完璧に伝えることにこだわると疲弊してしまいます。少しくらいずれてしまっても、一番伝えたい内容がちゃんと伝わっていればそれでいいくらいの気持ちで話すようにしてみましょう。
アダルトチルドレンの問題でカウンセリングを受けるのはハードルが高いという場合には、自助会という選択肢もあります。心の傷が癒えて、自由に自分を表現できるようになるには時間がかかるかもしれませんが、一人で抱え込まず、こういったサポートを活用できるようにしていきましょう。